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岐阜・福井旅行 その4 [旅関係]

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福井でKまた先生と別れ、海沿いに北上して暗くなるころ片山津温泉に到着したが、お宿が見つからずたいして広くもない温泉街をグルグル回ってしまったよ。
これがまたすごく大きな旅館で中でも迷子になりかける。
後で知ったのだが、この片山津温泉には先日のブログに書いた湯快リゾートグループの、なんと女性専用旅館がある。
気になりません?女性専用!
そのうち泊まってみたいものだわ。
写真は片山津温泉「佳水郷」の晩ご飯。
加賀らしく、カニがどっか〜ん!と出た。
そしてやはり全部食べきれないのが悲しいのう。

翌日長野の妹宅へ戻って1泊し、帰ってきた。
帰りに寄った寄居PAがえらく様変わりしていて驚いた。
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星の王子PA!
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まじめな点灯夫の街灯や
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実業家の家も、いや星もある。
王子さま像もあったのだけど、撮影に失敗。
最近SAもPAも頑張ってそれぞれの個性を出そうとしているな。

今回は悪源太義平がよく出没していたらしい飛騨から福井にかけてを「彼の足跡をなぞる」的にうろついてみたのだが、車などなかった時代、道も整備されていない時代、いや、このあたりに道自体があったかどうか怪しい時代、それでも人々はけっこう頻繁に、ごく当たり前のように移動していたのだということに驚いている。
だって、車で行ったってすごい峠なのよ、白鳥から九頭竜湖を通り福井に抜ける道!
日本には至る所にそんな峠越えの難所があったのよね。
歩行であろうと馬に乗ろうとハードなことには変わりない。
当時の馬が、小さくてずんぐりしていてアラブ系のようにスピードは出なくとも、いかに足腰が強かったかよくわかる。
義経の鵯越の逆落としも当時の馬ならいけるのだろう。
畠山重忠も馬が小さかったら背負って坂を駆け下りられるかもしれない。
馬が大人しく背負われているかはわからないけど。
当時の軍馬は陸奥産で気が荒いほど良い馬とされていたらしいぞ。
戦の時は他の馬に気圧されるなんて以ての外、相手をどついて噛みつくような猛獣が良い馬だったわけですね。
ラオウの黒王を連想したあなたはおともだち!

5泊(うち2泊は妹宅)の実りの多い旅行だった。
岐阜、福井のルートは非常に気に入ったので、機会があったらまた行くぞ。
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